「古い」と「新しい」は、ぐるぐる回っている

エッセイ
連載もの(仮) #7 「古い」と「新しい」は、ぐるぐる回っている

昔からずっと変わらず今も、新しいものがとにかく好きだ。

特に小さな頃は、新しいものが世に出るとすぐに飛びついていた。
オモチャにはじまり、テレビゲーム、漫画、小説、パソコンなどなど。

まあ、子どもらしいと言えばそうなのだけれど、新しいものへの興味や執着は群を抜いていたと思う。

それはいまでも変わっていなくて、ここ最近では新しいデジタルガジェットに目がない。

とは言え、昔も今も、新しいと言うだけで何かに興味を持つわけではない。
きっと、新しさ以外のどこかに惹かれているのだと思う。
逆も同じで、古いというだけで強い興味を持つこともほとんどない。


先日、自動車の車検で隣町の車屋さんにお世話になった。
60歳くらいのご夫婦が営まれている車屋さんだ。

車を預け、3日後くらいに引き取りに行った。
整備工場の2階にある事務所にあがり、そこで支払いをし、領収書に印鑑をついてもらったわけだが、そのとき引き出しから出てきた朱肉に驚かされた。

とんでもなく古くて、しかも、長い間練られることなく使われてきたのだろう、表面がだいぶ乾燥していた。
それでもちゃんと判は押せるのだから、どんなに乾いていても朱肉は朱肉だ。

「そんなに珍しいかねぇ」
「たしかに古いけどね」
「使えるから、いつまでも捨てられんのよ」
「もう何年使っているのか分からんのよね」
「それ、カメラ? へぇ、電話なの」

スマホのシャッターは朱肉に向けて切られているのに、車屋のおばちゃんはなんだか照れくさそうにしていた。


何十年も前のものであっても、つい最近この世に生まれたばかりのものであっても、それを見る人にとって初めて目にするものであれば、それはきっと新しい。


3月24日
宇野港に出入りするフェリーを眺めることのできる、丘の上の古い新居にて